半ばは惚れて、半ばはそそのかされて、新しく買うことになった。東ドイツの万年筆。もとは民間の会社であったのが、東西分裂により国営になり、統合後は再び民営に戻ったらしい。ハンドメイドであることを誇りにしており、「Made in Germany」ではなく、「Hand-Made in Germany」を掲げている。今回購入したエボナイトも、最終工程で八時間かけて手磨きされているとのことだ。
あまり情報がないので、どういう書き味かわからないのが、ちょっと困ったが、しっかりした販売店が扱っているのだから、悪いということはないだろうと購入を決意した。
結果はと言うと、満足のいく買い物だったといえる。最初書いたときは思っていた字幅と違い細く感じられたが、それはロディアに書いたかららしく、普段使いのライフに書いてみると、思っていた字幅になった。やはりこういったところは万年筆に限らず筆記具を買うときに難しいところだ。かならず、店頭で買うときには、自分が普段使っているのーとを持って行くことが大切だと言うことを理解した。
軸の形も個性的である、ペン軸自体は正11角形であり、キャップは口の方から頭に向かって、その正11角形を(角を残したまま)楕円に押し広げたようになっている。このデザインセンスは日本には無い。というよりも日本は高級な商品にもっとモダン・デザインを取り入れるべきだと思うのだけれど。もちろん、ものはすばらしいが。
ちなみに今回はインクも普段使わなかったものを購入してみた。ローラー&クライナーのヴァーディグリースである。
はじめは緑がかった暗い青だが乾くとブルーブラックになる。自分としては、もうすこし緑が残るくらいが好きなのだけれども、最近はあまりない顔料インクでの色のレパートリーの多さが好印象で、これから少し集めてみたくもある。
万年筆が最近増えてきたので、機会があれば、すこし喋ってみたい気もする。
2014年10月13日月曜日
2014年6月21日土曜日
カフカ「橋」 改訂
身がこわばり、寒い。私は橋だった。底知れぬ深い谷の上にかかっており、一方に爪先を、もう一方に手を突き刺して、ぼろぼろとくずれる粘土質の土にしがみついている。コートの裾が風になびき、底の方ではニジマスのいる凍える河がうなりをあげていた。こんな高く道も無いようなところに迷って来る旅行者は一人もいないので、橋が地図に描かれることはない。――だから、私はこうして待った。待たねばならなかった。崩れて落ちたりすることがなければ、一度建てられた橋は、橋であることを辞めることは出来ないのだ。
やがて夜になった。――これが最初の夜なのか、千度目の夜なのか、私には分からなかった――思考はいつもからまり、同じところをぐるぐる回っていた。夏の夜になり、川がこもった響きを立てるころ、人の足音が聞こえた! こっちへ、こっちへと。――手足を伸ばせ、橋だろう、身を正せ、橋桁には手すりが付いていないのだから、自分に身を任せてもらえるようにしろ。頼りない足取りを自分でも気付かないうちに正そうとして、それでもふらついてしまったなら、お前は自分を気付かせるんだ、そして山の神のように彼をむこうの地面に放り投げてやれ。
彼はやって来ると、先に鉄の付いた杖で私を叩いて調べ、私のコートの裾を持ち上げると直してくれた。毛の太い、私の髪に杖を突き刺し持ち上げたかと思うと、中へ差し込んだまま、おそらくあちこちを見回しているのだろう。すると――彼がこれから山を越え谷を越えていくところを夢想しているところだった――彼は二本の足をつかい私の身体の真ん中で飛び跳ねたのだ。激しい痛みに身震いし、一体何が起こったのか分からなかった。誰だ? 子供か? 幻覚か? 追いはぎか? 自殺者か? 誘惑者か? 破壊者か? 私は躯をひねった、彼を見るために。――橋が躯をひねる! 実際にはひねることなく、落ちていた。私は落ちた。そしてもうばらばらになっていた。鋭い小石が私に刺さる。その小石は、激しく流れる水の中から、私のことを穏やかに眺めていた。
やたらと閲覧数が多いカフカの「橋」、正直訳がひどいから引っ込めたいと思うのだけれども、一応そのままにしておく。その上で、訳を少しずつブラッシュしていくことにしよう。全体的な雰囲気はそのままだけれども、細かなところを修正して文章を整えてみた。
雑記 その1
空の雲あいが落ち着かず、突然の雨に見舞われることも多々あるから、外に出る前に上を見るくせがついてしまった。それで、今日は大丈夫だろうと、考えていると、夕方辺りにぽつぽつ降るのだから困る。特に洗濯物がたまって、せっかく洗ったとしても、部屋の中で干すから、独特の饐えたような嫌なにおいが鼻をつく。なかなか時間がとれず、夜中に洗濯機を回したりするせいで、部屋が少し締めっぽくなり、そんな空気の中で眠ると、どうやら夢も湿っぽくなるらしい。
夢と言っても、何かしら意味を持ったような夢、夢の解釈という俎上に載せて耐えるようなものでなく、何か周りの刺激によって偶然浮かびえた印象のつぎはぎでしかない。ただ、フロイトも言う、たとえ外的刺激によって、それに類する夢を見るといって、なぜその夢の像はそうでなければならぬのか、と。こういうところにフロイトの発想のおもしろさや鋭さを感じるのであるが、たしかに、こたつに入って眠り、砂漠の夢を見たとして、こたつの熱さが、砂漠を想起させていることは間違いないが、なぜ砂漠なのか、夏の山、夏の海ではなく、なぜ砂漠なのか、それを説明しようと考えを巡らすことに「あり得ない」の一言で一蹴するのは、どうも考えを放り出してしまっているように思えてしまうから、フロイト先生がどう考えているのであれ、ある種多くの人にとって偶然としか思えないものに論理的なつながりを説明しようと努めてみる。
続く
夢と言っても、何かしら意味を持ったような夢、夢の解釈という俎上に載せて耐えるようなものでなく、何か周りの刺激によって偶然浮かびえた印象のつぎはぎでしかない。ただ、フロイトも言う、たとえ外的刺激によって、それに類する夢を見るといって、なぜその夢の像はそうでなければならぬのか、と。こういうところにフロイトの発想のおもしろさや鋭さを感じるのであるが、たしかに、こたつに入って眠り、砂漠の夢を見たとして、こたつの熱さが、砂漠を想起させていることは間違いないが、なぜ砂漠なのか、夏の山、夏の海ではなく、なぜ砂漠なのか、それを説明しようと考えを巡らすことに「あり得ない」の一言で一蹴するのは、どうも考えを放り出してしまっているように思えてしまうから、フロイト先生がどう考えているのであれ、ある種多くの人にとって偶然としか思えないものに論理的なつながりを説明しようと努めてみる。
続く
2014年6月15日日曜日
語学を「嗜む」ということ
大学でドイツ語を初めて以来、一〇年が経ち、自分の中で「外国語と暮らす」ことは生活の一部になっている。それでいながら、いっこうに外国そのものに興味をもつことが無いのは、自分にはことばというものばかりが目の前にあり、そのほかの、とくに国といったものがあまりに遠く、触れようのないものであるために、たとえばその国の人が何を食べどのような家に住むのかを知るのと、隣三軒の人々が日々どのように暮らしているかを知るのとが、たいした違いが無いように思えてしまうのと同じで、興味の無さそのものに原因があるのではないかと考えている。つまり、どんなに近くても、知りたいと思わなければ遠いのであり、遠さそのものが遠い近いを決めるとは限らない。
だからといって、言語学者になりたいなどと思ったことはついぞ無く、やはり言葉を「通して」なにかを知ることに楽しみがあるのだけれど、自分はそれがより個人の方へ向いているのも、外国というものへの興味の無さに関係しているのだろう。
たとえば、ドイツ語はカフカ、フランス語はアンリ・ド・レニエなどの世紀末の文学者、ポルトガル語はフェルナンド・ペソアなどなど。
よく、作家の生まれ故郷へ行くことで作家のことを知った気になる人がいるけれども、あれはいまいちぴんとこない。彼らは地平という横の向きばかりで同じところに立っていると考えるようだけれども、時間という縦の軸から見れば著しくずれているではないか。しかも時間を同じくすることは不可能ではないか。
出不精の戯言と思う人もいるだろうけれど、言葉のみで向き合うからこそのおもしろさというもの、想像の膨らみ(あるいは、誇大妄想)に耽る喜びを忘れることは、なんだか頭の中にある泉を枯らしてしまうことにつながるのではないだろうか。
ある意味でリアリティではなく、リアルが隣にありすぎることに、人が疲弊してしまうこと。
確かに僕らが向き合う物は概してリアルなものだ、それは別に創作物であろうと変わりない。つまり、書かれたり、描かれたり、演じられたり、撮られたり、弾かれたり、そういったことを「されたもの」がいくらフィクションの側のものであっても、それに出会っている、対峙していること、そのものはあくまで現実のことで、僕らはその現実の中でフィクションの側のリアルを感じている、それがリアリティというものなんじゃないだろうか。
それなのに、今はこちら(現実)のリアルをあちら(虚構)に持ち込み、あちらのリアルをこちらにもちこむことが意識されないままに行われているせいで、こちらとあちらの距離感がくるってきているような気がする。
ぼくは現実と虚構のあいだに国境みたいなものがあるとは思わないし、そのあわいはもっとゆるやかなものだと考えている。そこにあるのはもしかしたら二色の濃淡でしかないのかもしれない。
濃淡という、地平よりももっとセンシティブなものであるからこそ、慎重に扱うべきなのに、当たり前のように線引きできると考えているから線引きしたところの近くで混じっていた向こう側のものがすべてこちら側として扱われてしまう。灰色は無数の灰色があるはずなのに、すべては白か黒になる。
僕らがもっと大切にしなければならないのは、リアルではなく、「リアルとの距離感」じゃないだろうか。
言語を嗜むという行為には、その距離感を感じることの出来る可能性が含まれているように思えるのだ。
2014年1月28日火曜日
世界の外にあるものに敬意を払う。
光文社新訳文庫『論理哲学論考』 ヴィトゲンシュタイン 丘沢静也・訳
今回、久しぶりに論考を読み通した。
丘沢訳は正直自分には合わない、と思うことが多かった。たとえば、同じ文庫から出ているカフカの『訴訟』などは、わかりやすい訳という信念と、ユーモアあふれるカフカという自身の考える像からどうしてもカフカの文章をゆがめているように思われて好きになれなかった(読みやすさでいうならこの訳かもしれないので、初めて読む人にはこれを勧めたいけれども)。今回も「言語たち」などといった抽象名詞に「たち」をつけるなどの書き方は、合わない。
だが、全体を通して読んでみると、岩波文庫から出ている野矢茂樹の訳よりも自分の思っているヴィトゲンシュタイン像に近いと思った。それはやはり、ドイツ文学者が訳したからというのもあると思う。ヴィトゲンシュタインはオーストリア人であり、イギリスの「ウィトゲンシュタイン」ではけっしてないのだと感じることができる。
ヴィトゲンシュタインの著作を読むとき、自分が思ったのは、世界の簡潔性ではなく、世界の外への「敬意」、語り得ぬものに対するその「語ることの出来なさ」を尊重することの重要性だった。(いま直感的に思ったのは、村上春樹の小説は一連としてこのことを意識しているということ)
カフカが何かしら「世界の中でもがくこと」を示したとするなら、ヴィトゲンシュタインが示したものもまたこの世界の中でもがくことのように思う。
2013年10月28日月曜日
音楽について
吉田秀和を読むと、音楽が聴きたくなる。これこそ音楽批評だと思う。大抵のCDなんかに付いてる解説なんか見たって仕方が無い、それが何年に作られ、その時作曲者は云々なんて話を聴いてもしょうが無い。時々、作曲者が誰それ、とか、曲名はどうこう、なんてこと自体いらない、なんて考えもする。どこかでラジオか有線で流れてくる曲に耳を傾けるくらいがちょうどいいと思ったり。あとで気になっても、調べようが無いのが不便だけれど、まあ、一期一会。
それだから、こと音楽に関する本はほとんど読まなかった。中学から音楽をやってて、それも惰性で十年は続けていたのに。たまにネックの歪んだギターの調子を合わせて、バッハのリュート組曲とか、ピアソラのブエノスアイレスの夏とかをリズムもテンポもたどたどしく鳴らしたりするのに。それくらいには音楽になじみがあって、たまに買ったりするのだけれど、それきりのものばかり、あえていうなら、読んだ本、楽典、管弦楽法、ってなる。だから、楽譜を読むのに苦労は無いけど、それだけだ。結局、音楽は自分にとってやるものでもない、かといって、聴くものなのかというと少し違う。よく、心の底からの感動を吐露する人がいるけれど、そういう類の動揺を感じることは今まで無かった。それをいったら、小説だって、映画だって、漫画だって。どこか冷めてる、人が良いと言うから読む、観る、聴く、ただそれだけのことが多い、基本感動できない人間なのだ。
だから、吉田秀和の本を読むというのは自分としては異例のことで、しかも、面白いと思っている自分がいることもまた異例なのだ。その「おもしろい」と思う感覚は、Interessantの方で、Amuseでないところがまた自分らしいと思うのだけれど。例えば、丸谷才一を読んでいるときに感じる感覚もまさにこれで、それは旧仮名遣いというものだったり、常体と敬体を織り交ぜた文章だったり、ジョイスから発想を得た、意識の流れを感じさせるあのモダニズムな前期の作品群だったりとそういうものに対する「おもしろい」の感覚なのだ。
丸谷才一のエッセイを読んでいると、時折この吉田秀和の名前をみる。どちらも桐朋学園で教鞭をとっていたんだそうだ。かたや東大英文、かたや仏文、縁もあるから褒めるのかもしれないと思ったけれど、丸谷才一はあまりそういうことをしない人だ、つまり良いから良い、悪いから悪いとはっきりしてる。日本のエッセイを作り替えた一人であると言い切れるこの人が、批評の文体を学んだとはっきり言っているのが吉田秀和。ここまで言いきれるっていうのがすごい。
話がそれている。とにかく、吉田秀和の本は自分の肌に合うのか、手がしびれたり、目が疲れたりするのも構わず、先へ先へと読んでしまう。
初めて読んだのは「主題と変奏」、中公文庫。薄い本でさらっと読めるのだけれど、そこにある文章は二度読んでも三度読んでも良い。なぜだろうと考えてみると、やはり無理が無いというか、自分の感覚を裏付けているものに対してブレが無いからなんだろう、と思う。たとえば、同じ私が思っていることは誰それがいっているという言葉にしても、普通なら権威主義に思えてしまうのが、吉田秀和の文章を読むと感情としても理性としてもその土台がしっかりしているからか、そうした一流の人々の言葉はあくまで添え物で自分の言葉がメインであるという感じがする。まさに、一流の料理は一流の素材のことではない、と教えられる気分だ(まあ、一流の料理なんて食べたことがない自分がいうのもあれですが)。
たとえばベートーヴェンの弦楽四重奏、どうしてもカルテットという形態に対して、何がおもしろいのかさっぱり分からなかった自分が四重奏をおもしろいと思えるようになったのは、ラヴェルとドビュッシーの四重奏と、アルバン・ベルク四重奏、そして吉田秀和の文章なのだ。流れとしては、まず二人の作曲家の曲があり、そして演奏者と批評家が同時に自分にそれを教えた形になっている、といってもその間にはかなり開きがあるが。そもそもなぜカルテットの良さが分からなかったかというと、簡単に言えば、自分が仲間はずれにされていたから。コントラバスをやっていた自分にはカルテットに触れる機会も無ければ、興味を持つきっかけもなかったのである。そもそもピアノの音があまり好きでは無いという理由でピアノ曲を聴かないなど、音楽の偏食が激しい自分としては、理由は後付けみたいなもので、きっと食わず嫌いか何かだったのだろう(最近ではピアノ曲も聴く、特にベートーヴェンの後期ソナタ)。
食わず嫌いというと、それは自分の一つの本性みたいなもので、偏見というかそういったものに対して人一倍反応する自分は、多分他の人の数倍は偏見を持っている。そういう偏りを治したいと思ったけれど、それがかなり微妙なバランスで、たぶんどこかに手を付けたら、とたん崩れてしまうので、やめた。だから、以前は受け付けなかったものを享受できるのは、偏見が無くなったからだというよりも、その数ある偏見の中で上手く処理できるようになったというのが正しい。そんなものなんだろうと思う、好きになるというのは。
自分が好きな作家や人物って言うのはある意味「頑固」な人が多い気がする。自分を曲げない人間、偏屈というのではなく。もしかしたら、丸谷さんも吉田さんも実際会ってみると付き合いづらい人たちなのかもしれない。といっても、話す機会は訪れることはないけれど。自分もそんな頑固さを持っていたいのだ、できれば。
ちくま文庫吉田秀和コレクションの中の「私の好きな曲」を読みながら、ベートーヴェンの四重奏曲を聴いて、思ったことを書いてみた。
それだから、こと音楽に関する本はほとんど読まなかった。中学から音楽をやってて、それも惰性で十年は続けていたのに。たまにネックの歪んだギターの調子を合わせて、バッハのリュート組曲とか、ピアソラのブエノスアイレスの夏とかをリズムもテンポもたどたどしく鳴らしたりするのに。それくらいには音楽になじみがあって、たまに買ったりするのだけれど、それきりのものばかり、あえていうなら、読んだ本、楽典、管弦楽法、ってなる。だから、楽譜を読むのに苦労は無いけど、それだけだ。結局、音楽は自分にとってやるものでもない、かといって、聴くものなのかというと少し違う。よく、心の底からの感動を吐露する人がいるけれど、そういう類の動揺を感じることは今まで無かった。それをいったら、小説だって、映画だって、漫画だって。どこか冷めてる、人が良いと言うから読む、観る、聴く、ただそれだけのことが多い、基本感動できない人間なのだ。
だから、吉田秀和の本を読むというのは自分としては異例のことで、しかも、面白いと思っている自分がいることもまた異例なのだ。その「おもしろい」と思う感覚は、Interessantの方で、Amuseでないところがまた自分らしいと思うのだけれど。例えば、丸谷才一を読んでいるときに感じる感覚もまさにこれで、それは旧仮名遣いというものだったり、常体と敬体を織り交ぜた文章だったり、ジョイスから発想を得た、意識の流れを感じさせるあのモダニズムな前期の作品群だったりとそういうものに対する「おもしろい」の感覚なのだ。
丸谷才一のエッセイを読んでいると、時折この吉田秀和の名前をみる。どちらも桐朋学園で教鞭をとっていたんだそうだ。かたや東大英文、かたや仏文、縁もあるから褒めるのかもしれないと思ったけれど、丸谷才一はあまりそういうことをしない人だ、つまり良いから良い、悪いから悪いとはっきりしてる。日本のエッセイを作り替えた一人であると言い切れるこの人が、批評の文体を学んだとはっきり言っているのが吉田秀和。ここまで言いきれるっていうのがすごい。
話がそれている。とにかく、吉田秀和の本は自分の肌に合うのか、手がしびれたり、目が疲れたりするのも構わず、先へ先へと読んでしまう。
初めて読んだのは「主題と変奏」、中公文庫。薄い本でさらっと読めるのだけれど、そこにある文章は二度読んでも三度読んでも良い。なぜだろうと考えてみると、やはり無理が無いというか、自分の感覚を裏付けているものに対してブレが無いからなんだろう、と思う。たとえば、同じ私が思っていることは誰それがいっているという言葉にしても、普通なら権威主義に思えてしまうのが、吉田秀和の文章を読むと感情としても理性としてもその土台がしっかりしているからか、そうした一流の人々の言葉はあくまで添え物で自分の言葉がメインであるという感じがする。まさに、一流の料理は一流の素材のことではない、と教えられる気分だ(まあ、一流の料理なんて食べたことがない自分がいうのもあれですが)。
たとえばベートーヴェンの弦楽四重奏、どうしてもカルテットという形態に対して、何がおもしろいのかさっぱり分からなかった自分が四重奏をおもしろいと思えるようになったのは、ラヴェルとドビュッシーの四重奏と、アルバン・ベルク四重奏、そして吉田秀和の文章なのだ。流れとしては、まず二人の作曲家の曲があり、そして演奏者と批評家が同時に自分にそれを教えた形になっている、といってもその間にはかなり開きがあるが。そもそもなぜカルテットの良さが分からなかったかというと、簡単に言えば、自分が仲間はずれにされていたから。コントラバスをやっていた自分にはカルテットに触れる機会も無ければ、興味を持つきっかけもなかったのである。そもそもピアノの音があまり好きでは無いという理由でピアノ曲を聴かないなど、音楽の偏食が激しい自分としては、理由は後付けみたいなもので、きっと食わず嫌いか何かだったのだろう(最近ではピアノ曲も聴く、特にベートーヴェンの後期ソナタ)。
食わず嫌いというと、それは自分の一つの本性みたいなもので、偏見というかそういったものに対して人一倍反応する自分は、多分他の人の数倍は偏見を持っている。そういう偏りを治したいと思ったけれど、それがかなり微妙なバランスで、たぶんどこかに手を付けたら、とたん崩れてしまうので、やめた。だから、以前は受け付けなかったものを享受できるのは、偏見が無くなったからだというよりも、その数ある偏見の中で上手く処理できるようになったというのが正しい。そんなものなんだろうと思う、好きになるというのは。
自分が好きな作家や人物って言うのはある意味「頑固」な人が多い気がする。自分を曲げない人間、偏屈というのではなく。もしかしたら、丸谷さんも吉田さんも実際会ってみると付き合いづらい人たちなのかもしれない。といっても、話す機会は訪れることはないけれど。自分もそんな頑固さを持っていたいのだ、できれば。
ちくま文庫吉田秀和コレクションの中の「私の好きな曲」を読みながら、ベートーヴェンの四重奏曲を聴いて、思ったことを書いてみた。
2013年8月27日火曜日
「風立ちぬメモ」 その2
二郎と黒川は似ている。互いに飛行機に憑かれた人間。ただ違うのは、二郎が天才としたら、黒川は秀才、天才のしていることが分かりながらもそこに追いつけない。ライバルでありながら、二郎の仕事の最大の理解者。本庄は違う、彼は二郎の仕事を理解し切れていない、だからこそ彼独自の仕事が出来ている。
たとえば、はやぶさの取り付け金具が「二郎と考えたものと同じ」であったり、二人が同じ画面の中でストップウォッチを推す仕草を重ねたり、二人を対称的な位置に意図的に描いている。その中で二郎は、一歩ぬきんでていることを、描くことも忘れず。なにより主要人物の中で、黒川だけが二郎と同じ「眼鏡を掛けている」。
なぜ、二郎に婚約者がいると分かった時、彼は笑いながらも泣いたのか。同じ人間であるという安心から?
後半、黒川は自分の内に二郎を住まわせている。仲人もつとめている。ここでは黒川夫妻と二郎・菜穂子が対称的になる。ある意味では黒川夫妻の在り方は、二郎・菜穂子がたどれたもう一つの可能性に感じる。
映画の中では飛行機以上に汽車が重要な役割を果たしている。それは移動手段として、そして物語の「運び屋」として、何よりも時代を駆け抜けるというメタファーとして。
汽車は最初の夢から出てきている。二郎の夢の中で飛ぶ飛行機が打ち落とされて二郎が落ちていく中で汽車が走っている。
時間的な移動も汽車が行っている。この映画において、時間の経過表現がまったく観られないが、汽車に乗っているシーンがその経過を表わしていることに気付く。時間・空間の移動。
夢の中でも汽車は度々登場する。
最後に菜穂子を夢の王国に連れて行ったのも汽車だと言えるのでは無いか。
目の中の星は恋愛感情の表れと言える。お絹や菜穂子の目をよく見てみると、一つだった星(黒目に描かれた白い丸)が二つになるところでは、二郎に対する何かしらの感情を読み取ることが出来る、それは明らかに恋だ。一方二郎の目の星は最後まで一つのままである。唯一、夢の王国で菜穂子に「生きて」と言われた時に、その目には二つの星が浮ぶ。
たとえば、はやぶさの取り付け金具が「二郎と考えたものと同じ」であったり、二人が同じ画面の中でストップウォッチを推す仕草を重ねたり、二人を対称的な位置に意図的に描いている。その中で二郎は、一歩ぬきんでていることを、描くことも忘れず。なにより主要人物の中で、黒川だけが二郎と同じ「眼鏡を掛けている」。
なぜ、二郎に婚約者がいると分かった時、彼は笑いながらも泣いたのか。同じ人間であるという安心から?
後半、黒川は自分の内に二郎を住まわせている。仲人もつとめている。ここでは黒川夫妻と二郎・菜穂子が対称的になる。ある意味では黒川夫妻の在り方は、二郎・菜穂子がたどれたもう一つの可能性に感じる。
映画の中では飛行機以上に汽車が重要な役割を果たしている。それは移動手段として、そして物語の「運び屋」として、何よりも時代を駆け抜けるというメタファーとして。
汽車は最初の夢から出てきている。二郎の夢の中で飛ぶ飛行機が打ち落とされて二郎が落ちていく中で汽車が走っている。
時間的な移動も汽車が行っている。この映画において、時間の経過表現がまったく観られないが、汽車に乗っているシーンがその経過を表わしていることに気付く。時間・空間の移動。
夢の中でも汽車は度々登場する。
最後に菜穂子を夢の王国に連れて行ったのも汽車だと言えるのでは無いか。
目の中の星は恋愛感情の表れと言える。お絹や菜穂子の目をよく見てみると、一つだった星(黒目に描かれた白い丸)が二つになるところでは、二郎に対する何かしらの感情を読み取ることが出来る、それは明らかに恋だ。一方二郎の目の星は最後まで一つのままである。唯一、夢の王国で菜穂子に「生きて」と言われた時に、その目には二つの星が浮ぶ。
登録:
投稿 (Atom)
