2016年5月1日日曜日

ドイツ語で読む「変身」 その2

○本文

»Was ist mit mir geschehen?«, dachte er. Es war kein Traum. Sein Zimmer, ein richtiges, nur etwas zu kleines Menschenzimmer, lag ruhig zwischen den vier wohlbekannten Wänden. Über dem Tisch, auf dem eine auseinandergepackte Musterkollektion von Tuchwaren ausgebreitet war – Samsa war Reisender – hing das Bild, das er vor kurzem aus einer illustrierten Zeitschrift ausgeschnitten und in einem hübschen, vergoldeten Rahmen untergebracht hatte. Es stellte eine Dame dar, die mit einem Pelzhut und einer Pelzboa versehen, aufrecht dasaß und einen schweren Pelzmuff, in dem ihr ganzer Unterarm verschwunden war, dem Beschauer entgegenhob.


○気になる言葉

 geschehen 起こるgeschehenの過去分詞系。過去分詞なのに、原形と同じ形でややこしい。

 Menschenzimmer 人間の部屋。大事な単語だと思う。これはほかの動物の部屋なんかではないのだ。あくまで人間の、ヒトという種類の動物が暮らすための部屋であり、けして害虫の部屋なんかではない、しかし、それはあまりに狭すぎる、人がそこで暮らすには。

 eine illustrierten Zeitschrift 絵入りの雑誌。面白い、ポスターでも、写真でもなく、雑誌の切り抜き。ザムザがどういう人間かをイメージさせるアイテムとしてひどく優秀である。この前の部分に書かれている「一つ一つ分けて包装されている商売用の生地サンプル」との組み合わせが、彼の小市民ぶりを示しているようだ。

 eine Dame 婦人。別になんてことはない単語なのだが、その修飾には注意を払うべきだろう。毛皮に全身を覆われた女。ここには人間が人間という記号を引き剥がされている。


○訳

 「いったい、何が起きたんだ」と、彼は思った。夢では無い。彼の部屋、つまり正確に言うと、いささか小さすぎる人間のための部屋が、四方のよく見慣れている壁の中にあった。一つ一つ分けて包装されている商売用の生地サンプルが置かれたテーブルの上には――ザムザは営業マンだった――絵入り雑誌から切り取った絵が金の額に納められていた。そこには女がいた、毛皮の帽子に毛皮の襟巻きを身につけ、背筋を伸ばして座り、手をすっかりその中へ隠している黒い毛皮のマフを、観客に向かって持ち上げていた。

○ザムザ、夢から覚める。
 大切なことは、ここでようやくザムザは今の状況を夢でなく現実として認識するということだ。人間が使うには狭いへやに大きすぎる一匹の虫という対比のおもしろさがある。こうした対比的な表現の妙はカフカらしさではないだろうか、たとえば「ことわりの前で」では、訪問者に対して大きい門番が目の前をふさぐ。ここには、「そぐわなさ」が存在する。身の丈に合わない、しっくりこない、強烈とは言わないまでも、どこかこそばゆい違和感、カフカが感じていたものは、こうした自分と自分以外を当てはめたときの不協和音ではないか。そんな不協和音の中、ザムザは自分が自分であるための確かな証を探し当てる、サラリーマンである自分としての生地のサンプル、仕事からはなれたプライベートな自分としての一枚の切り取られた絵、そこに見たのはなんだろう。全身を毛皮に包まれた一人の女だ。なんとはなしに獣じみている。未だこの部屋には、人の人らしさが見えてこない。人らしさはむしろ「もの」に存在する。生地サンプル、絵入り雑誌のほうがよほど人間に近しい。