2013年2月27日水曜日

カフカの翻訳「中庭の門を叩くDer Schlag ans Hoftor」


 まだピンときてないところが何カ所かあります。 
 ピンときたら直すでしょう。 

 「中庭の門を叩く」 

 夏の、或る暑い日のことである。私は帰路、妹と中庭の門を通り過ぎた。知らなかったのだが、妹は何かの気まぐれ、もしくは不注意で門を叩いたか、叩きはしなくとも拳で脅したかしたらしい。百歩ほどのところに、左へ曲がる道があり、それに沿って村が始まっている。私たちがどうしようもない内に、手前の家から人々がやって来て何かしらを伝えようとしていたのだが、その様子は親切ではあるが警戒しており、彼ら自身驚いていて、その驚きに屈服しているようであった。彼らは、私たちの通ってきた中庭を指さして、中庭の門を叩いたことを思い出させた。中庭の主は告訴し、すぐにでも調査を始めるだろう。そんなことは意に介さず、私は妹をなだめた。妹はけして叩いていないだろうし、例え叩いていたとしても、世界中のどこにも証拠などありはしないのだ。私は人々に自分たちのことを説明しようとした。彼らは話に耳を傾けてくれはしたが、判断するのは差し控えていた。その後彼らが云うには、妹だけでなく、私もその兄弟として告発されることになるだろう、とのことだ。それに笑って頷く。私たちは皆振り返った。それは遠くの煙に気づき、さらに炎を待っているかのようだった。実際に、しばらくして私たちは騎士が開かれている幅の広い門の中へ入って行くのを見たのである。埃が舞い上がり、全てを覆い尽くすなか、ただ槍の先だけが輝いていた。そして一隊が中庭に姿を隠したかと思うと、直ちに馬の向きを変えたようで、道の上で私たちと対峙したのである。私は妹を押しやる。ここは一人で全てをかたづけるつもりであった。妹は、私を一人残していくことを拒んだ。私は云った、ならばせめて着替えてこい、もっと良い服を着て殿方の前に出るためにな。ようやく妹は納得し、家への長い道のりを走って行った。すでに騎士は私のそばにおり、馬上から妹のことを尋ねた。不安げに、今はいない、が後で戻ってくる、と答えた。答えなどどうでも良いことのようだ、なにより大事なのは、私を見つけたということなのだろう。そこには主立った人間として二人の紳士がいた。裁判官である、若い快活な男と、物静かな助手で、助手の方はアスマンという名である。私は農家の一室へ入るよう命じられた。ゆっくりと、頭を揺らしながら、ズボン吊りをぐいとひっぱり、私は自分の身をその紳士の鋭い視線の下へ送るのだった。都会人である私がその信用を楯にとり農民たちから自由になるには一言で足りるだろうと、私は未だに信じていた。しかし私が部屋の敷居をまたいだとき、裁判官は飛び跳ねて私の前に立ちはだかり云った。「この男にも困ったものだ。」彼が私の今の状態ではなく、私にこれから起こるであろうことについて考えていることは疑いようがなかった。部屋は農家の一室というよりは刑務所の独房というに相応しかった。大きな石のタイル、暗く、まったく飾り気のない壁、そこには鉄の輪がはめこんで吊るしてあり、部屋の中央にあるものはなんとなく、板張りの寝台にも、手術台にも見える。 

 …………………… 

 いったい私が刑務所の空気とは別の空気を味わう日など来るのだろうか。これは重要な問題だ。だが多分、私が釈放されるんじゃないかという望みをもっているのなら、それが重要な問題であり続けるのだろう。


 今回は、ちくま文庫から出ている「カフカ・コレクションⅡ」を参考にしました。といっても、訳し終えてからひさしぶりに読み返しただけのですが。訳者の柴田翔さんは、どちらかというと池内さんよりの訳しかたをする人ですね。やはり、カフカの書くことが書かれたものになっています。
 自分としてはなるべく、「書くこと」を残すような形で訳したいのですが、非常に難しい。

 意見がありましたらコメントいただけたら幸いです。
 参考にさせていただきます。



 訂正(平成25年2月28日(木)):
 基本的に古本屋で買ったブロート版の「短篇全集」を使っているのですが、ちょうど今日批判版が届いたので読んでみたら、コンマの位置とか違っています。まあそれはいいのですが、二箇所単語が変わっていました。ちょっと訳を変えます。

 ①
 例え叩いていたとしても、世界中のどこにも証拠などありはしないのだ。
→例え叩いていたとしても、世界中のどこにもそんなことで訴訟が起こることなどありはしないのだ。

 ②暗く、まったく飾り気のない壁→よどんだ灰色の飾りのない壁

 ②は特にイメージが変わるわけではないのだけれども、①はちょっと問題。イメージがすこし変わってくるから。

2013年2月21日木曜日

カフカの翻訳「サンチョ・パンサに関する真実」



 今回のは、自分でもあんまし上手くないなと思います。
 あまりにごちゃごちゃしていてピンとこなかった。
 訳し終えてから池内さんの訳読んで、あ、うまい、と思った。

 池内さんの訳はうまいです。
 ただ、やっぱりカフカが書いたものが「小説」になってしまっているのがいけない。
 つまり、書くという意志が削がれて「書かれたもの」になってしまっている。
 その磨きがうまいから、ひとつのダイアになった、ともかんがられるけれども、
 カフカの書いたものはそもそもそうしたダイアをみがく砂のようなものである気がするのです。


 サンチョ・パンサは、ところで一度も自慢したことはないが、長い年月の間、騎士道小説や強盗小説を夕方や夜の時間に多く読むことで、後にドン・キホーテと名前をつけることになる、彼の悪魔をつかって自分がやろうとしていた放埒で気の狂った行為をさせることに成功した。悪魔のやるそうした行為は、本当ならばサンチョ・パンサがそうであるべきだったのだろうが、向けられる相手があらかじめ決まっていなかったために誰も傷つけることはなかった。サンチョ・パンサ、この自由な男は、黙々と、ひょっとしたらなんらかの義務的感情を胸に抱きながら、ドン・キホーテの行く道を付き従い、そしてドン・キホーテが最期を遂げるまで盛大で有益な楽しみを享受したのである。


 ちなみに池内訳を読んでかなり訳が変わりました。

 意見等ありましたら、コメントよろしくお願いします。

2013年2月19日火曜日

カフカの翻訳「橋 die Brücke」



 ちょっと難しい。 
 何が難しいかというと「ich」についてだ。一人称。ただの一人称。 
 普通なら「僕」とか「私」と訳してしまう。 
 ただ、この一ページにも満たない短篇の一人称を決める、その決め手がないのだ。 

 迷ってしまった理由は一つ「der Rock」という単語のせいである。 
 これの意味は二つ。 
 1,男の上着 
 2.スカート 
 どうしたものか。 
 これはとりあえず二とおりに訳してみるしかなかった。 

 まずはich=男バージョン。

 身がこわばり、寒い。私は橋だった。底知れぬ深い谷にまたがっていた。手足をぼろぼろとくずれる粘土質の土に突き刺し、必死にしがみついている。私のコートの裾が風になびいている。底の方ではニジマスのいる凍える河がうなりをあげていた。こんな道もない高いところに迷って来るような旅行者は一人もいないから、私という橋が地図に描かれることはない。――だから、横たわり、待った。待たねばならなかった。崩れ落ちでもしなければ、一度建てられた橋は、橋であることを辞めることは出来ないのだ。 
 やがて夜になった。――これが最初の夜なのか、千度目の夜なのか、私には分からなかった――私の思考はいつもこんがらがり、同じところをぐるぐる回っていた。夏の夜になり、川がこもった響きをたてるころ、人の足音が聞こえた! こっちへ、こっちへと。――さあ伸びをしろ、橋だろう、身を正せ、橋桁に手すりが付いていないのだから、自分に身を任せてもらえるようにしろ。頼りない足取りを自分でも気付かないうちに正そうとして、それでもふらついてしまったなら、お前は自分を気付かせるんだ、そして山の神のように彼を地に放り投げてやれ。 
 彼はやって来ると、先に鉄の付いた杖で私を叩いて調べ、コートの裾を持ち上げると私の上で整えた。私の濃い髪の毛に杖を突き刺し持ち上げたかと思うと、中にそのままにして、おそらくあちこちを見回している。そうしていたら――私は彼がこれから山を越え谷を越えていくところを夢想していた――彼は二本の足をつかい私の身体の真ん中で飛び跳ねたのだった。激しい痛みに身震いし、一体何が起こったのか分からずにいた。こいつは誰なんだ? 子供か? 幻覚か? 追いはぎか? 自殺者か? 誘惑者か? 破壊者か? 私は身をひねった、彼を見るためにだ。――橋が身をひねる! 実際には身体をひねることなく、落ちていた。私は落ちたのだ。そしてすでにばらばらになっていた。鋭い小石が私に刺さっていた。小石は私のことを激しく流れる水の中から穏やかに見ていてくれていたのだった。 


 次は女バージョン。 

 身体が冷えてすくんでしまう。私は橋。深い深い谷の上に掛かっている。こっち側をつまさきで、あっち側を手で突き刺して、ぼろぼろにくずれてしまいそうな土を掴んで必死に落ちないようにしている。スカートの裾が風にはためく。底ではニジマスがいる凍った川が大きな音をたてる。こんな道もない高いところに迷ってやって来る人なんていないだろうから、橋が地図に書かれることはない。ーーだから私はここで待っている。待つしかなかった。一度建った橋は、壊れない限り自分が橋であることを辞めることはできませんし。 
 夜になった、ーー最初だっけ、それとも千度目だっけ、わかんないーー私の思考はいつもぐちゃぐちゃで、いつもぐるぐるしてる。夏の夜になって、川の音がこもっていた。誰かの足音! こっちの方に、こっちの方に来る。ーー手足を伸ばしなさい、橋なんだから、しっかりしなさい、私には手すりがないでしょ、身を任せてもらえるようにしなくちゃ。ふらふらの足元で無意識にバランスをとるから、それでももし落ちそうになったら、その時は気付いてもらって、山の神さまみたいに地面に放り投げちゃおう。 
 彼が来た、尖った先に鉄の付いた杖で私を叩く、スカートの裾を持ち上げて、直してくれる。量の多い髪の毛に杖を突っ込んで持ち上げたと思うと、長いあいだ刺したままにして、きっとあちこち見回しているのだろう。するとーー私は彼がこれから山を越え谷を越えていくことを考えていたーー彼は二本の足を使って私の体のうえで飛び跳ねだしたのだ。とても痛くて震えてきて、いったい何なのか分からなかった。この人はだれ? 子供? 夢でも見ているのかしら? もしかして追いはぎだったりして? 自殺者かも? 誘っているのかな? 壊そうとしているのかも? 私は彼を見るために体をねじった、ーー橋が体をねじったのよ! でもそんなこと出来るわけなくて、落っこちてた。そう、私は落ちたの。それでもうばらばらになってた。尖った小石があちこち突き刺さってた。その小石はすごい勢いで流れる水の中から私をじっと見ていたんだった。 


 なんかね、女性にするとね、どうしても性的なイメージがつきまとってしまう。 
 フロイトのせいだね。 

 たぶん、女というイメージは「橋 die Bruecke」が女性名詞であることも関わっているのかもしれない。 

 意見等ありましたらぜひコメント下さい。

 追記
 やはり、これは男をイメージすべきだ。詳しくは、「橋」についてを参照。

2013年2月14日木曜日

カフカの翻訳「ことわりの前では Vor dem Gesetz」


普通は「掟の門前」などと訳される最も有名な作品の一つです。
ご指摘などあれば、コメントいただけると嬉しいです。






「ことわりの前には」




 ことわりの前には門番が立っている。この門番の処へ男が田舎からやって来て、ことわりの中へ入りたいと云った。しかし門番は云う、入れることは出来ない。男はその言葉をよく考え、それから聞いた、それじゃ後からなら入っていいのかな。「多分」、と門番は答える、「今は駄目だが。」ことわりへとつながっているこの門は開いたままであり、門番はその脇へと歩いていくので、男は中を見ようとひょいと身をかがめて門の向こうを覗く。それに気付いた門番が笑って、「そんなに気になるのなら、俺が止めるのを聞かずに入ってみなよ。ただ覚えとけ、俺は強い。そんな俺でも一番格下だ。広間からつぎの広間へ続くところにはそのたびに門番がいて、そいつは前にいるやつより強いんだ。三番目の門番を見ただけでも俺だって耐えられない」、と云う。そんなに面倒くさいなんて男は田舎で考えもしなかった。ことわりは誰にでも、いつだって開かれているべきだと、彼は考えていたのだが、今こうして毛皮のコートを着た門番の鋭い鼻や、細長く黒いタタール髭に注意を払って見ていると、通行許可が降りるまで待った方が良さそうだと腹をくくった。門番は椅子を持ってきて、男を門の脇に座らせる。そこで、何日も、何年も座っていた。入るためにいろんなことをする、門番はその懇願にうんざりしている。門番はかれに色々とつまらない質問をした。故郷のこととか、その他もろもろのこと。でもそれはえらい人たちがやるような気のない質問だったし、最後は結局、まだ入っては駄目だ、がいつものことだった。男はこの旅のためにいろんなものを持ってきており、全てを利用した。それらがどんなに門番にこびへつらうため役立ったというのだろう。門番はその全てを受け取ったが、その都度、「受け取ってやる、でもそれはお前が後になって、あの時やっておけば、と思わないようにするためだからな」と云うだけだった。門番をほぼ絶え間なく観察するうちにまた長い年月が経つ。他の門番のことは忘れ、この門番がことわりへ進むための最初で最後の障害であるように思えてくる。この不幸な事態を呪って、最初の一年は傍若無人に五月蠅くしていたが、歳をとると、ぶつぶつと何かを云うだけになった。子供っぽくなり、長年の門番研究で襟にいる蚤のことまで見分けていたから、そんな蚤にまで、自分を助け門番の気持を替えてくれるよう頼む始末である。男の目は弱くなり、周りが実際暗いのか、それとも自分の目がそう見せているのか、彼には分からなくなっていた。それでも暗闇の中で、ことわりの門の方から消すことの出来ないくらい光が輝くのをはっきりと見分けた。彼はもう長くないのだ。死の直前、彼は頭の中で、ここに来てから経験した全てのことを一つの問いへと収束させた。それは今日まで門番には質問したことのないものだった。體がこわばって立ち上がれず、手招きで門番を呼んだ。門番は深く體を屈めなければならない。男と門番の大きさがあまりに違ってそのままでは不都合だったからだ。「今更これ以上、何を知りたいと云うんだ。貪欲なやつめ。」「あらゆるものはことわりを求めているんだよな」、と男は云う。「それなのにどうして、長年僕がここにいる間、誰もここへやって来ないんだ、どうして門を入ろうとしないんだ。」門番には、もう男が死ぬことが分かっていた。消えゆく聴覚に届くよう、門番は大声で言う。「ここは誰でも入って良いわけじゃない、なぜならこの入り口はお前のためだけのものだったんだから。俺はもう行くよ、ここを閉めるんだ。」



 3月1日:すこし修正を加えました