2013年4月29日月曜日

ロベルト・ヴァルザーの詩「事務所にて」


 つくるということが最近はできないでいる。 
 やることといったらつくりかえることくらい。 
 それも必要にせまられてではなく、 
 必要を感じるためにつくりかえる。 


 「事務所にて」 

 月が僕らを見る、 
 彼にとって僕はみじめな雇われでしかない、 
 雇い主の厳しい目にやつれた 
 みじめな雇われでしかない。 
 いごこちわるく首を掻く。 
 生きるという陽の光を浴び続けるなんて 
 僕には出来そうもない。 
 足りないということが僕にはふさわしい、 
 それが雇い主に見られながら 
 首を掻くしかないということ。 

 月は夜の傷。 
 血の雫は全て星。 
 例え輝かしい幸福からはとおくとも、 
 おこぼれくらいはもらえるのだ。 
 月は夜の傷。 
 

2013年4月8日月曜日

役目が終わる。

 あらゆることには始まりがあり、終わりがある。男の役目もそろそろ終わりを迎える。このことを男はうすぼんやりとだが気付いており、だからといって何もするわけではないが、それでも終わるのはいつなのだろうかと考えている。そもそも彼にとって、その役目を背負うことになったのは本当に偶然のことであった。それが彼でなければならないとは、誰も思っていなかったに違いない、当の彼自身さえそう思っていた。しかし、彼はその役目を引き受けた以上、役目を果たすことに尽くした。別に特別なことは何もなく、彼は彼の以前の生活をなんら変える必要はなかった。それでもその中に役目があり、役目を負っているという考えが彼の生活には満ちたのだった。そのせいで彼は最初、自分の生活がまるきり変わってしまうのではないかと恐れた。それは杞憂に終わった。何も変わらずに、以前の生活を続けながら彼はその役目を担った。ある時、男は友人に向かって、俺は今やらなきゃいけないことを任されているんだと云ったことがある。友人は無関心そうに、ただ友人としての優しさを以て聞いた。ふうん、それはどんなことなんだい。男は何も答えることが出来なかった。さて、ある日、彼はいつ終わるともしれない自分の役目が一体どんなふうに終わるのかを想像していた。そしてこの役目を任された時のことを思い出そうとした。しかし、それがいつのことだったか、そもそもどのようにして任されたのか、思い出せなかった。男は友人に、僕は君に、役目を任されたことを云ったと思うのだけど、あれはいつだったっけ、と聞いた。しかし友人から返ってきた応えは、そんなことを云ったことあったか、だった。それを聞いた時には、男の役目はすでに終わっていた。だが、男はふたたび役目がいつ終わるのかを考えていた。

ロベルト・ヴァルザーの詩 「傍らに」「怯え」「いつものやうに」


 傍らに 

 ぼくはひと歩きする。 
 それほどでもない距離を遠回りして、 
 家まで。そのとき響きはなく、 
 言葉もなくぼくは傍らにいる。 


 怯え 

 ぼくはとても長い間待つてゐた、甘い、 
 調べと挨拶、ひとつの響きだけを。 
 今ぼくは怯えてゐる。調べでも響きでもなく、 
 霧だけが濛々と立ちこめ迫つてくる。 
 ひつそりと暗やみにまぎれ歌つたもの、 
 ぼくの心を和らげてほしい、悲しみよ、今では陰鬱な歩み。 


 いつものやうに 

 ランプはまだそこにあるし、 
 机もまだそこにある、 
 ぼくはまだ部屋にゐて、 
 ぼくのあこがれは、ああ、 
 まだいつものやうに溜息をついてゐる。 

 臆病、君はまだそこにゐる? 
 それから、嘘、君も? 
 ぼくはあいまいな肯定の返事を聞く。 
 不幸がまだそこにゐる。 
 そしてぼくは、まだ部屋にゐる、 
 いつものやうに。