2013年2月19日火曜日

カフカの翻訳「橋 die Brücke」



 ちょっと難しい。 
 何が難しいかというと「ich」についてだ。一人称。ただの一人称。 
 普通なら「僕」とか「私」と訳してしまう。 
 ただ、この一ページにも満たない短篇の一人称を決める、その決め手がないのだ。 

 迷ってしまった理由は一つ「der Rock」という単語のせいである。 
 これの意味は二つ。 
 1,男の上着 
 2.スカート 
 どうしたものか。 
 これはとりあえず二とおりに訳してみるしかなかった。 

 まずはich=男バージョン。

 身がこわばり、寒い。私は橋だった。底知れぬ深い谷にまたがっていた。手足をぼろぼろとくずれる粘土質の土に突き刺し、必死にしがみついている。私のコートの裾が風になびいている。底の方ではニジマスのいる凍える河がうなりをあげていた。こんな道もない高いところに迷って来るような旅行者は一人もいないから、私という橋が地図に描かれることはない。――だから、横たわり、待った。待たねばならなかった。崩れ落ちでもしなければ、一度建てられた橋は、橋であることを辞めることは出来ないのだ。 
 やがて夜になった。――これが最初の夜なのか、千度目の夜なのか、私には分からなかった――私の思考はいつもこんがらがり、同じところをぐるぐる回っていた。夏の夜になり、川がこもった響きをたてるころ、人の足音が聞こえた! こっちへ、こっちへと。――さあ伸びをしろ、橋だろう、身を正せ、橋桁に手すりが付いていないのだから、自分に身を任せてもらえるようにしろ。頼りない足取りを自分でも気付かないうちに正そうとして、それでもふらついてしまったなら、お前は自分を気付かせるんだ、そして山の神のように彼を地に放り投げてやれ。 
 彼はやって来ると、先に鉄の付いた杖で私を叩いて調べ、コートの裾を持ち上げると私の上で整えた。私の濃い髪の毛に杖を突き刺し持ち上げたかと思うと、中にそのままにして、おそらくあちこちを見回している。そうしていたら――私は彼がこれから山を越え谷を越えていくところを夢想していた――彼は二本の足をつかい私の身体の真ん中で飛び跳ねたのだった。激しい痛みに身震いし、一体何が起こったのか分からずにいた。こいつは誰なんだ? 子供か? 幻覚か? 追いはぎか? 自殺者か? 誘惑者か? 破壊者か? 私は身をひねった、彼を見るためにだ。――橋が身をひねる! 実際には身体をひねることなく、落ちていた。私は落ちたのだ。そしてすでにばらばらになっていた。鋭い小石が私に刺さっていた。小石は私のことを激しく流れる水の中から穏やかに見ていてくれていたのだった。 


 次は女バージョン。 

 身体が冷えてすくんでしまう。私は橋。深い深い谷の上に掛かっている。こっち側をつまさきで、あっち側を手で突き刺して、ぼろぼろにくずれてしまいそうな土を掴んで必死に落ちないようにしている。スカートの裾が風にはためく。底ではニジマスがいる凍った川が大きな音をたてる。こんな道もない高いところに迷ってやって来る人なんていないだろうから、橋が地図に書かれることはない。ーーだから私はここで待っている。待つしかなかった。一度建った橋は、壊れない限り自分が橋であることを辞めることはできませんし。 
 夜になった、ーー最初だっけ、それとも千度目だっけ、わかんないーー私の思考はいつもぐちゃぐちゃで、いつもぐるぐるしてる。夏の夜になって、川の音がこもっていた。誰かの足音! こっちの方に、こっちの方に来る。ーー手足を伸ばしなさい、橋なんだから、しっかりしなさい、私には手すりがないでしょ、身を任せてもらえるようにしなくちゃ。ふらふらの足元で無意識にバランスをとるから、それでももし落ちそうになったら、その時は気付いてもらって、山の神さまみたいに地面に放り投げちゃおう。 
 彼が来た、尖った先に鉄の付いた杖で私を叩く、スカートの裾を持ち上げて、直してくれる。量の多い髪の毛に杖を突っ込んで持ち上げたと思うと、長いあいだ刺したままにして、きっとあちこち見回しているのだろう。するとーー私は彼がこれから山を越え谷を越えていくことを考えていたーー彼は二本の足を使って私の体のうえで飛び跳ねだしたのだ。とても痛くて震えてきて、いったい何なのか分からなかった。この人はだれ? 子供? 夢でも見ているのかしら? もしかして追いはぎだったりして? 自殺者かも? 誘っているのかな? 壊そうとしているのかも? 私は彼を見るために体をねじった、ーー橋が体をねじったのよ! でもそんなこと出来るわけなくて、落っこちてた。そう、私は落ちたの。それでもうばらばらになってた。尖った小石があちこち突き刺さってた。その小石はすごい勢いで流れる水の中から私をじっと見ていたんだった。 


 なんかね、女性にするとね、どうしても性的なイメージがつきまとってしまう。 
 フロイトのせいだね。 

 たぶん、女というイメージは「橋 die Bruecke」が女性名詞であることも関わっているのかもしれない。 

 意見等ありましたらぜひコメント下さい。

 追記
 やはり、これは男をイメージすべきだ。詳しくは、「橋」についてを参照。

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