2013年2月14日木曜日
カフカの翻訳「ことわりの前では Vor dem Gesetz」
普通は「掟の門前」などと訳される最も有名な作品の一つです。
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「ことわりの前には」
ことわりの前には門番が立っている。この門番の処へ男が田舎からやって来て、ことわりの中へ入りたいと云った。しかし門番は云う、入れることは出来ない。男はその言葉をよく考え、それから聞いた、それじゃ後からなら入っていいのかな。「多分」、と門番は答える、「今は駄目だが。」ことわりへとつながっているこの門は開いたままであり、門番はその脇へと歩いていくので、男は中を見ようとひょいと身をかがめて門の向こうを覗く。それに気付いた門番が笑って、「そんなに気になるのなら、俺が止めるのを聞かずに入ってみなよ。ただ覚えとけ、俺は強い。そんな俺でも一番格下だ。広間からつぎの広間へ続くところにはそのたびに門番がいて、そいつは前にいるやつより強いんだ。三番目の門番を見ただけでも俺だって耐えられない」、と云う。そんなに面倒くさいなんて男は田舎で考えもしなかった。ことわりは誰にでも、いつだって開かれているべきだと、彼は考えていたのだが、今こうして毛皮のコートを着た門番の鋭い鼻や、細長く黒いタタール髭に注意を払って見ていると、通行許可が降りるまで待った方が良さそうだと腹をくくった。門番は椅子を持ってきて、男を門の脇に座らせる。そこで、何日も、何年も座っていた。入るためにいろんなことをする、門番はその懇願にうんざりしている。門番はかれに色々とつまらない質問をした。故郷のこととか、その他もろもろのこと。でもそれはえらい人たちがやるような気のない質問だったし、最後は結局、まだ入っては駄目だ、がいつものことだった。男はこの旅のためにいろんなものを持ってきており、全てを利用した。それらがどんなに門番にこびへつらうため役立ったというのだろう。門番はその全てを受け取ったが、その都度、「受け取ってやる、でもそれはお前が後になって、あの時やっておけば、と思わないようにするためだからな」と云うだけだった。門番をほぼ絶え間なく観察するうちにまた長い年月が経つ。他の門番のことは忘れ、この門番がことわりへ進むための最初で最後の障害であるように思えてくる。この不幸な事態を呪って、最初の一年は傍若無人に五月蠅くしていたが、歳をとると、ぶつぶつと何かを云うだけになった。子供っぽくなり、長年の門番研究で襟にいる蚤のことまで見分けていたから、そんな蚤にまで、自分を助け門番の気持を替えてくれるよう頼む始末である。男の目は弱くなり、周りが実際暗いのか、それとも自分の目がそう見せているのか、彼には分からなくなっていた。それでも暗闇の中で、ことわりの門の方から消すことの出来ないくらい光が輝くのをはっきりと見分けた。彼はもう長くないのだ。死の直前、彼は頭の中で、ここに来てから経験した全てのことを一つの問いへと収束させた。それは今日まで門番には質問したことのないものだった。體がこわばって立ち上がれず、手招きで門番を呼んだ。門番は深く體を屈めなければならない。男と門番の大きさがあまりに違ってそのままでは不都合だったからだ。「今更これ以上、何を知りたいと云うんだ。貪欲なやつめ。」「あらゆるものはことわりを求めているんだよな」、と男は云う。「それなのにどうして、長年僕がここにいる間、誰もここへやって来ないんだ、どうして門を入ろうとしないんだ。」門番には、もう男が死ぬことが分かっていた。消えゆく聴覚に届くよう、門番は大声で言う。「ここは誰でも入って良いわけじゃない、なぜならこの入り口はお前のためだけのものだったんだから。俺はもう行くよ、ここを閉めるんだ。」
3月1日:すこし修正を加えました
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